unkaiyama’s diary2021

絵描き凡人です。インフルエンサーではありませんが、若干偉そうに書いてたりします。否定的な内容も多少あります。読んで不快になってしまったら申し訳ありませんが、気にせず興味範囲で読みながしていただけると幸いです。それと記事によっては語調が変わったりします。

「モチベーションに頼るな!」の意味がインフルエンサーによって違ってくる。

多くの人が言う「モチベーションに頼るな!」は

自然とモチベーションが湧いてくるのを待つな!と

いう意味合いが強いと思う。

 

これは、内発的なモチベーションに身を任せるのではなく、5分で良いからやってみろ!といった作業興奮方や、やらなきゃ怒られる,または他人に迷惑がかかるといった危機感で自分を無理矢理動かす強制力などがあげられる。

 

セルフコントロールも外発寄りのモチベーション方法に近いのかも知れない。

 

逆に外発的なモチベーションに頼るな!という意味で

解説している人もいる。

 

やらないことへの恐怖の反動で自分を無理矢理動かそうとしたり、プレッシャーや強制力といった環境の圧力でやる気を出させるやり方をしてしまうと、好奇心に従う力が失われて

本当にやりたいことに目を向けられなくなってしまう危険性もあるみたいだ。

 

要は自分を見失うといったところだろうか。

 

昭和の義務教育の所為でそうなってしまうケースも

少なくはないみたいだ。

 

「そもそも、自分の外の刺激から奮い立たせなければ、やる気が起きないことは、貴方が本当にやりたいことではない可能性が高いと疑え!」

「本当にやりたいことをしている人は、モチベーションのことなど、考えていない」

「貧乏ゆすりのように体や頭が自然と動いてやってしまうようなものだ」

と解説している人もいる。

 

どっちが正しいかという話ではないけど、同じ言葉でもこのようにインフルエンサーによって意味の捉え方や解説が異なる場合も多い。

 

 

 

 

 

 

「自分の限界を決めるな!」は昭和の根性論。

スポーツや競技ならともかく

仕事や日常生活においては自分の限界は、寧ろ自分で気づいていかなければいけない。

 

今はそういう時代だと思う。

 

他人に限界判断を委ねて思考停止したり、心の声を

無視していたら、どんどん自分を見失っていく。

 

何でも直ぐに諦めるのは、もちろん

良くないけど、自分が本当に諦めたくないことは

何なのかに耳を傾けないと世間の流行りに

マインドコントロールされるのが、当たり前に

なっていく。

 

「ですよー」って言い方してくる人間。

自分は「ですよー」って言葉を使いたがる人間が

どうも気に入らない。

 

というか目障りだと思っている。

 

何故、いちいち伸ばす必要があるのだろうか。

 

冗談半分で使う人もいるとは思うけど

自分からすれば、相手をおちょくっているように

聞こえてしまう。

 

特にSNSのコメントで使ってくる奴が多いだろうと思う。

 

 

 

 

自分にとって当たり前なことでも聞く耳を持つ。

多くの人間は、自分にとって当たり前なことを

教えられると「そんなの言われなくてもわかってるよ」とめんどくさそうに口答えをしてくる。

 

どうも、これが気に入らない。

 

その様な態度をとる人には何も教えたくはない。

 

馬鹿にされてるような錯覚でもしているのかは

知らないが、これから新しい仕事をする上で

人から物事を教わる態度ではないと思うからだ。

 

自分に余裕がない、好きでやろうとしている

仕事じゃないなど色々事情はあるんだろうけど、

それを表にやたらと出してくるぐらいなら

辞めてもらいたい。

 

「自分の当たり前が誰にとっても当たり前だと

思うな!」と大にして言いたい。

 

その当たり前が出来ない人だっている。

だからこそ、自分にとって当たり前そうなことで

あっても危険が伴う作業に関しては

しっかりと注意点を教えるべきだと思う。

 

何でもかんでもすぐに教えたら、成長しないという

反論もあるとは思うけど、それは失敗に対して

大きな問題や危険が伴わない場合に

言うことだと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

めんどくさいのメリット

タモリさんが何かのCMで「面倒くさいから良い」と言ってたのを思い出す。

 

捨て活でいらない物(特に紙類)などを何時間も

チョキチョキ切り続けてたら手が疲れてきたけど

それも徐々に慣れてきた。

 

「嫌、シュレッダーを使えよw」と思う人も多いかも知れない。

 

普段から切るものが多ければ使うかも知れないけど

あくまで、捨て活の間だけなので...

それに、捨てることに時間や手間がかかることは

決して無駄ではないと思う。

 

捨てる手間を思い知れば、今後は余計な物を買わないように気をつけられる。

 

逆に要らなければ売れば良い、と気軽に考えてしまうと中々過去を反省できず、新しい物も、つい気軽に買ってしまう。

 

ミニマリストのインフルエンサー達が言うように

モチベーションも人を待ってくれるとは限らない。

 

だからこそ短い時間で早めに捨てた方が、無駄な迷いにエネルギーを使わなくて済むと言う考えも

確かにあるとは思う。

 

ただ、効率よりも大事なのは捨てる理由だと思う。

 

何事も小さく始めることが大事というのもあるが、

捨て活においては、迷う時間やエネルギー消費を減らすために、敢えて大きく捨ててしまった方が良い場合もあるので難しい所だとも思う。

 

「使える物を捨てることは、環境への悪だ!」と

言われたら、確かにそれは否定できない。

 

だからこそ、自分は環境を汚してしまっているという罪悪感が出てくることもある。

 

けど、その罪悪感は過去の自分の行いへの反省にも

繋がると思う。

 

罪悪感のせいでなかなか捨てられない人もいるとは

思うけど、やはり罪悪感は強すぎても、なさ過ぎても

NGだと思う。

 

なさ過ぎると、簡単に捨てることは出来ても

新しい物も興味本位だけでどんどん買ってしまうし

罪悪感が強すぎると上記の通り、安易に買ったりはしないが、捨てることへの抵抗が強くなってしまうため

捨て活が進みづらい。

 

 

 

 

 

 

 

 

知識と馬鹿は関係ない。

今だに知識が少ない人を馬鹿にする傾向が目につく

気がする。

 

自分の当たり前が誰にとっても当たり前だと

勝手に思い込んでいる人間に多い気がする。

 

自分もたまにそういう所はあるが、見直していかなければいけないと思う。

 

自分の興味が他者に共感されないことに苛立っているというのもあるんだろうけど、それを相手に対していちいち口にしてぶつけないと気が済まない人間というのは正直愚かだと思っている。

 

自分にとっての興味を知らない人がいるというだけで

直ぐに貶したがる人間だ。

 

これは、八つ当たりと同じだ。

 

悪口にはなるけど、個人的には

「お前、そんなことも知らないの?馬鹿じゃん」

と言っている人間が一番愚かだと思う。

 

自分の興味が正義だと勝手に勘違いしているという

自覚がないからだ。

 

言い方は悪いかも知れないけど、そもそも知識が

少ない人を馬鹿と捉えるのがおかしい気がする。

 

 

 

欲張りはお互いを不幸にする。

今の時代、欲しいかどうかで物を選ぶとたくさん溜まりすぎてしまう。

 

しかも、満足感が得られないため

さらに欲しくなる。

 

気づいている人も多いとは思うけど、今後は「欲しいかどうか」ではなく「必要かどうか」で選びたい。

 

物欲任せで楽して手に入ってしまうことで

得した気になってしまいがちだけど、本当にそうだろうか。

 

小さな手間に対して文句を言う癖がついていないかを

時々見直す必要がある気がする。

 

他人の物を奪ったり、パクった作品を売って金儲けしたりで、得した気になることが愚かなことだと気付けない人ほどそれに依存してもしきれずに苦しむし、他人も不幸にする。

 

タダで他人の物を欲しがる人ともなるべく関わらない方が良い。

 

自分も学生時代に何度か仕方なく自分の物を他人にあげてしまったが、そいつはもらったことに対して

1ミリも感謝などしていない。

 

物欲が増しただけでしかない。

 

欲張りも悪化する一方だ。

 

大袈裟かも知れないが、過度な物欲は嘘つき以上に

泥棒の始まりだと思っている。